映画『ゴーストワールド』をBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下で観てきた。印象に強く残ったのはシーモアという男性だ。彼は一見すると社会に馴染めずにいる冴えない中年のレコードマニアなのだが、蓋を開けると会社で課長補佐として立派に働いている。このギャップが凄まじい。立派な"大人"であることをまざまざと見せつけられているようだった。裏切られたとも言える。彼のように趣味と仕事を両立させられたらどれほどいいだろう。イーニドの視点から見ると、周りの人達は自分を置きざりにしてどんどん先へ行ってしまう。一緒に暮らすはずだったレベッカも、よく慕っていたシーモアも、一番身近にいる父親も、いつもバス停にいるおじいさんも。イーニドの理解者はこの街のどこにもいない。初めは焦りもあっただろうが、彼女は次第に諦めていく。そして、とある夜1人でバスに乗り街を出る。大事なものを他人に委ねてはいけない。最終的には自らの手で理想と現実を掴み取ることでしか根本的な問題(不満)は解消されない。ラストシーンにはそんなメッセージが込められている気がする。学生から大人になる過程での生活の変化と人間関係のすれ違いを描いたという点では『花束みたいな恋をした』とも少し似たところがある。そして、来年にシリーズ3作目の上映が発表された『ベイビーわるきゅーれ』はきっとこの作品をルーツとしている(2人の若い女性が主人公である、高校卒業後のモラトリアムを描いている、一緒に住む…などいくつも共通点がある)。今から楽しみで仕方がない。今まで観てきた映画の中の大好きな登場人物を心の中に住まわせて、これからを共に歩んで行きたい。